1900年代、さまざまな産業の中心地として日本の近代化に大きく貢献した「ものづくりのまち」北九州。
その北九州市の副都心、黒崎に“行列のできる”税理士事務所がある。
さて、あなたは税理士事務所と聞いてどんなイメージを抱くだろうか。
そして、「おやつタイム=ブレイクタイム」のある税理士事務所と聞いて驚くだろうか。
行列とおやつ。
一見、相反する二つの秘密に迫るべく、藤本税理士と市川さんに話を聞いた。
税理士:藤本伸二さん
アドバイザー:市川益弘さん
「税理士の先生は怖い」というイメージをくつがえす
JR黒崎駅から歩いて8分ほどのところ。
商業地と住宅街がバランスよく構成されたエリアに藤本伸二税理士事務所はある。
テキパキと仕事をこなしているスタッフの方々の姿に目を奪われていると、市川さんがすぐに案内してくれた。
市川さんが藤本伸二税理士に入社したのは2年前。
別の税理士事務所からの転職だが、入社してすぐいくつかの点で意外性を感じたという。
「まず、税理士の先生って怖いと思っていました。これはお客さんも同じで『事務所に入るのも嫌』と敷居を高く感じる方も少なくないんです。ところが藤本先生は気さくで、よく笑ってくれるし、そういった先生もいらっしゃるんだなと思いました」
そんな市川さんが驚いたと同時に、今も楽しみにしている時間がブレイクタイム。
おやつを食べながら雑談をするなど、スタッフ同士のコミュニケーションを図る大切な時間となっているという。
「税理士の仕事って、業務内容としてやることはどこの事務所も基本的には同じです。だから、どれだけ職場の雰囲気がいいかというのを大事にしたいし、みんなで和気藹々と仕事をしたいです。一日ピリピリしていたら嫌になる」
お客さんのためになる提案は積極的に
市川さんは職場が明るい雰囲気であることは、お客さんに良い仕事を提供するために重要なことだと考えている。
「雰囲気が悪いと、立場が下の人の意見が通らない、なんでも上の人のいう通りになる。そうすると下の人が考えることをやめてしまいます」
考えることをやめれば、お客さんにより良い提案をすることはできない。
仕事へのモチベーションも下がるだろう。
「藤本先生が、いい雰囲気づくりをしてくれていると思います」
いい雰囲気に支えられ、お客さんのためになると考えた提案は積極的にする。
「藤本先生にも『こうしたら経費になると思うんですけど』と相談させてもらいます。自分でお客さんのためになることを考えて、提案できるというのがうれしいですね」
税理士を目指したきっかけ
冷静に、かつお客さんへの熱い想いを持って話してくれる市川さんに、税理士を目指した理由を聞いてみた。
「祖父が呉服店を経営していたのですが、時代とともに呉服が売れなくなり、経営が厳しくなっていきました。その時に、経営者って誰にも相談できないなと思ったんです」
悩む祖父の姿を見て、悩みを打ち明けられる仕事は何かということを考えた時に、税理士と思ったという市川さん。
「税理士は会社の数字も見ているし、同じ経営者という立場でもあります。数字も好きだったし、簿記をやってみようと22歳の時に会計の学校に通いました」
現在、すでに数十件の担当を持っているという市川さんが、仕事で一番喜びを感じるのは「ありがとう」といってもらうとき。
その片鱗はすでに保育園の頃に見せていたという。
「自分の記憶にはないのですが、先生が子どもたちにお菓子を配った時に先生の分がないことが気になったらしくて。『先生のお菓子がない!』と親に訴えて、お菓子を持って行って先生に配ったと聞きました。人が喜んでくれるのがうれしかったんだと思います」
一番悔しいのは知識で負けたとき
市川さんが一番悔しいと感じるのは、他のスタッフに書類をチェックしてもらい、もっと税金が安くなる方法が見つかったときという。
「自分の知識不足に気付かされたときは悔しいですね。お客さんに迷惑をかけなくて良かったと思う反面、知識で自分に負けたということが悔しいです。税理士は知識の商売であり、知識を活かしてどれだけお客さんのためにできるか、というのが仕事。知識不足はお客さんに不良品を渡してしまうことと一緒」
と手厳しい。
とはいえ、税法も経済状況も毎年変わる。
「常に知識はアップデートしなければなりません。税法だけでなく新聞、各メディアの情報も入れますし、補助金、給付金、支援金なども自分のお客さんが受けられる、受けられないの判断ができるように勉強しておきます」
顧問先の補助金や給付金受給資格の判断というのは本来、税理士の仕事ではない。
「頂いている顧問料の範囲でやれることはできるだけやりたいと思います。それでお客さんの事業が続くならその方がいい。『(売り上げが立たず)今月どうしようか』『顧問料が払えん』といわれるより、『儲かって税金どうしようか』という相談を受ける方がうれしい」
お客さんの悩みは自分の悩みと思える税理士に
市川さんは積極的にスキームを考えて提案する税理士になりたいという。
「帳面をつけるだけ、計算するだけといった仕事は、今後AIに取って変わられるでしょう。法律の解釈は一つに定まらない。AIにはできない判断、お客さんのためになる提案をするのが今後の税理士の仕事になっていくと思います」
その想いの根底にあるのは、悩む祖父の姿を見て力になりたいと思ったあの日。
「お客さんの悩みは自分の悩みと思えるような税理士になりたい。経営の一角として参画するような、経営者・企業のパートナーになっていきたいです」
そう力強く話す市川さんの言葉に、強く同調したのが代表の藤本税理士。
「人の喜びを自分の喜びに感じられるのが税理士の醍醐味。それを感じられない人間は税理士になる資格はない」
お客さんを守るためにはまず攻撃の方法を覚えろ
藤本税理士が税理士になろうと決めたのは、高校2年生の文理選択のとき。
「進路を考えることになり父親が税理士をやっていたのがきっかけ。この時は親の仕事を継ごうといった考えはなく、ただ仕事といえば税理士しか知らなかったというだけです」
と率直にいう。
「ただ、父の姿を見て漠然となんか楽しい仕事なのかな、どんな仕事をしてるんだろうと興味を持っていました。それで毎晩帰るのが遅いけどなんで?と聞いたら『夜5時から(お客さんと酒を飲むの)が俺の仕事』といったので、いい仕事だなぁと」
冗談を交えつつ、この時、父親は藤本税理士に金言を授けた。
「税理士はお客さんを守る仕事。お客さんを守るためにはまず攻撃の方法を覚えろ」
つまり、国税に入って税務調査をする側の仕事を覚えよ、という助言だった。
その助言通り藤本税理士は大学卒業後、国税に入職し組織のあり方や税務調査を行う側の現状を学んでいく。
税理士として独立開業
藤本税理士が国税で経験を積み重ねていた頃、父親が倒れ、若くして亡くなる。
「事務所を2人の先生に引き継いでもらったのですが、だんだんとジリ貧になり、このままではこの事務所はなくなるというところまできました」
国税で働いて13年。
そろそろ税理士資格が取れそうということもあり、ここがターニングポイントと考えた藤本税理士。
「公務員は将来が見える。将来が見えていたら楽しくない。自分の人生だから自分にかけてみよう、その方が自分らしい」
と開業を決意した。
開業後、お客さんを守るために身につけた、国税の経験を遺憾なく発揮し事務所を立て直していく。
「集客のためと考えたことは一度もない。お客さんのことをどれだけ考えるか、その一点に集中した」
その結果、お客さんがお客さんを紹介してくるようになる。
「今も何人かお客さんに、確定申告が終わるまで顧問契約を待ってもらっている」状態という。
戦う税理士
藤本税理士の真骨頂は税務調査のときに現れる。
「去年の夏は特に、お客さんから『税務調査の対象になった知り合いの経営者を助けてほしい』というのが多かった。助けてっていわれたら助けたい。すぐに税務署に連絡して調査日を延ばしてもらって準備をする」
無事に税務調査が終わって、お客さんのホッとした顔を見るのがモチベーションという。
「最初に会ったときと顔が全然違う。魂が抜けてぼうっとしていて、質問を投げかけても返ってこないことも多いし、眠れんという人もいる」
問題を解決していく中で、税務署と戦うこともある。
「税務調査のときに戦う税理士なのか、言いなりの税理士なのか。もちろん落とし所はあるが、妥協せずに徹底的に戦う」
父親がいった「税理士はお客さんを守る仕事」は脈々と受け継がれている。
他人の幸福は自分の幸福
今、藤本税理士事務所には7人のメンバーがいる。
そのうち3人が20代、30代前半の若手。
藤本税理士は一際うれしそうにいう。
「みんないいやつです。事務所の近くには商店街があるということもあり、誰が誘うわけでもなく昼ごはんは自然とみんなで行っています。コミュニケーションが大事なのでいい傾向ですね」
「他人の幸福は自分の幸福」という精神は、お客さんだけでなくスタッフ同士の間でも流れているようだった。
(取材日2023/2/8 阿部由貴)
企業情報
屋号 | 藤本伸二税理士事務所 |
設立 | 2000年 |
代表者名 | 税理士 藤本伸二 |
事業内容 | 税理士業務、記帳代行 |
所在地 | 〒806-0021 |
電話番号 | 093-642-4312 |
担当者より
当社は少人数ですが、職場は明るく個々の実力が十分発揮できます。将来の資格取得へ向け、スキルアップできます。ブレイクタイムにはみんなで歓談しています。